1.大終活時代、「子に迷惑かけたくない」 (ルポ迫真)
「あなたも入ってみれば」「思ったより狭いな」。年配の男性が妻の
すすめで体を横たえたのは棺おけの中。白い布団がかけられ、ふたが
閉められた。7月下旬、イオン西新井店(東京・足立)で開かれた
「終活フェア」で参加者向けに企画された入棺体験の風景だ。
イオンが催すこのフェアでは葬儀・墓の説明や遺影に使う写真の撮
影、僧侶による悩み相談など多彩なメニューを用意。終活に興味を持
つ多くのシニアが集まった。
隣の荒川区から妻と一緒に参加した横山秀世(82)は「離れて暮ら
す娘2人に苦労はさせたくないという気持ちが強い」と話す。あとに
残る娘たちに負担をかけずに済む葬式の方法や財産の分け方など「前
から気になっていた話を聞きたい」と最前列に座った。
スーパーの店舗で死に関するイベントを催すなど、ひと昔前には考
えられなかったことだ。2009年に葬祭業に参入したイオンは終活フェ
アを関東地方中心に計300回以上開催してきた。
葬式や墓の用意、財産の整理、エンディングノート執筆など、終末
や死後について自ら考えて備える「終活」。高齢者の間で2000年代後
半からブームとなり、12年には流行語大賞の一つに選ばれた。その波
はさらに大きくなっている。
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「バスツアーで終活を考える1日を過ごしてみませんか」。旅行大手
のクラブツーリズムは霊園を巡ったり海洋散骨を体験したりするツアー
を14年以降、約100回も催行。参加者はこれまでに約2000人に上る。
8月に参加した都内在住の片岡信弘(73)・千恵子(69)夫婦は
「先祖代々の墓を守る負担を子どもにかけたくない」と樹木葬など一
代限りの墓に興味を抱く。同社取締役の藤浪卓(55)は「参加者で多
いのは自分の最期を考えたいという60代後半から70代の層」という。
9月もキャンセル待ちが出る盛況ぶりだ。
今や年間の死亡者が130万人を超える多死社会。死者が増えれば葬
儀や墓が注目されるのは当然だが、「家族の姿が大きく変容したこと
もブームの背景」と第一生命経済研究所主席研究員の小谷みどり(48)
はいう。
00年ごろまで主流だった親子孫の「三世代同居」は今では世帯数全
体の11%にすぎない(65歳以上の人がいる世帯、厚生労働省の16年調
査)。代わりに増えたのが「夫婦のみ」(31%)と「単身」(27%)。
高齢者世帯の約6割は最期を託す子がいないか、いても別居しているこ
とになる。
「独立した息子2人には迷惑をかけたくない。自分のことは自分で備
えたい」。東京・江東のマンションに1人で住む相馬静子(78)は終活
をひととおり済ませた。
緊急時の入院手続きや死亡時の届け、葬儀の手配など、多様な支援を
手掛けるNPO法人りすシステム(東京・千代田)と契約。自分の入る
合同墓も購入し、約230万円を費やした。相馬は「この先いつ病気にな
っても安心」と話す。
残る人への気遣いが終活の主な動機であることは、日本経済新聞が7
月、読者モニターを対象に聞いた調査(有効回答528人)でも明らかだ。
終活経験があるか、準備中と回答した人は60歳以上の人の31%。
その理由(複数回答)で多かったのが「子どもらに負担をかけたくない」
(61%)と「他人に迷惑をかけたくない」(43%)。「自分の人生にふ
さわしいエンディングを迎えたい」(28%)を上回った。
時代背景として1980年代半ば以降のバブル期との関連を指摘する声も
ある。当時、親をみとった世代には、地価高騰に伴う相続難や墓不足に
直面した苦い思いがある。
あれから約30年。今度は自らの最期を考えるときを迎え「同じ苦労は
させたくない」と願う。
終活ニーズは関連ビジネスの市場も広げる。
東京・江東の国際展示場「東京ビッグサイト」。8月23〜25日、葬祭
業など終活関連の約300の団体が集まり「エンディング産業展2017」を
開く。孤独死者の埋葬問題に悩む自治体も参加する。昨年の来場者は2万
2000人に達した。
遺骨を寺に郵送して葬ってもらう「送骨」。格安料金で僧侶を派遣する
「お坊さん便」。以前は考えられなかったサービスも次々登場している。
終活の今後の主役は47年以降に生まれた団塊世代だ。すでに古希
(70歳)を迎えつつあり、人生の最期に向けた活動はこれから本番を迎
える。
2017/8/21付[日本経済新聞 有料会員限定]より抜粋